被害妄想の系統と傾向と集団ストーカー妄想

被害妄想には病気の違いによる系統がある。

そして、被害妄想には一次妄想と二次妄想がある。

統合失調症に見られる妄想は一次妄想で、真性妄想とも呼ばれ、その特徴は「何故」が無い所にあり、了解不能な妄想の事を言う。

例えばCIAに狙われていると思っていても、何故狙われるのかが抜けている。

集団ストーカー妄想に多い「咳払いをして合図を送ってくる」と言った妄想も、咳払いを合図と思っているだけでそこに根拠は無い。

統合失調症の妄想の特徴は、ただ思えると言う理由だけで、確信している所に特徴がある。

 

二次妄想には何故がある妄想で、了解可能な妄想の事を言う。

双極性タイプは、同じ様にCIAに狙われていると思っていても、一応理由を持っている。

例えば、国家に不都合だからとか、人体実験に選ばれたとか、自分の才能や特殊技能、能力を妬まれてなどの理由が多い。

そうした理由はともかく、双極性タイプの妄想の特長は、狙われていると思う理由が選民意識を起点にしている所に特徴がある。

また、誇大妄想的特徴も持ち、妄想の中に天皇家やらフリーメイソンなどが登場したりする。

 

うつ病系はマイナス思考で、人間関係や社会的立場に起因した妄想が多い。

例えば、リストラストーカーを使って会社を辞めさせようとしているとか、悪評を立てて辞めさせ様としている等の妄想を抱く所に特徴があり、自律神経症状などの体の不調に対して過度な不安を持ち、そこから電波攻撃などの発想が生まれているケースが多い。

また、コンプレックス系の被害妄想もうつ病に多く見られる。

コンプレックス系被害妄想とは、例えば肥満にコンプレックスを持っている女性の隣に、スレンダーな人が立ったと言うだけで嫌がらせと感じたり、友人の無い人が友達と遊ぶ子供を見て嫌がらせと感じたりする。

言わば、当て付け系の妄想である。

自律神経症状を電磁波攻撃されていると思い込むのも、鬱病系の心気妄想の変化版と考えると分かりやすいだろう。

 

自己愛性人格障害系の妄想は、妄想に著名人の名前が出て来る所に特徴がある。

また、妄想の中に凡人には自分は理解出来ないと言う様な気風がある。

例えば、盗聴妄想一つ取っても「お前レベルで見つかる盗聴ではない」など、何事にも「自分は特別」と言う意識が根底にある。

 

境界性人格障害系は、手のひらを返す所に特徴がある。

例えば、集団ストーカー妄想団体を称賛していたかと思えば、その団体を成りすまし団体だと批判したり、ネットで共闘していたと思えば攻撃していたり、直ぐに手のひらを返す所に特徴がある。

また、ネット上であえて攻撃的言動や、挑発的言動を繰り返し相手を怒らせたり、あえて論議を平行線化させる事で、自分に係わりを持たせ続けようとする者もいる。

早い話が「かまってチャン」タイプだ。

 

こうした病気的な妄想の系統は、病気を併せ持っていれば双方の妄想も併せ持つ事になる。

また病気による妄想の系統とは別に、右脳系妄想と左脳系妄想の違いもある。

左脳系妄想は科学的な傾向を持ち、右脳系妄想はオカルト系の傾向を持ち易い。

 

集団ストーカー妄想は、これらの妄想の集大成的妄想で、多くの人が同じ妄想を抱く集団妄想である。

集団ストーカー妄想はネットで生まれた概念的な妄想であり、これらの妄想の集合体である。

病気毎の妄想系統とは別に、被害妄想には妄想のジャンルがある。

国家やCIAなどの秘密組織系、UFO系、リストラ工作等の工作系、近隣住民系、心霊系、宗教系、フリーメーソン・ユダヤ系など様々なジャンルがある。

インターネットが普及する前は、系統やジャンルはそれぞれが独立し、各々が独自の妄想を展開していた。

その妄想の生みの親と言うべき存在が、少年マガジン連載のMMRと雑誌ムーであり、1999年当時は全てこの雑誌に掲載されていた内容ばかりで作られていた。

熊本の地震の際に書かれた落書きの「HAARP」も出典はムーである。

それが集団ストーカー妄想の根底に今なお脈々と受け継がれている。

 

最初は個別の妄想を展開していたのだが、インターネットの普及と共に自分の妄想を主張出来るようになると、最初は同じジャンル同士が集まり出して集団化して行った。

次にジャンル毎の集団で親和性を持つ物同士の融合が始まった。

秘密組織系と、UFO系はUFOの墜落をアメリカが隠蔽して宇宙人を捕獲しているとか、すでに条約が結ばれているなどの記事がムーに掲載されていたので両者の親和性は高く、秘密組織系は工作系とも親和性が高く、それらが融合して行った。

宗教系と心霊系も親和性が高く融合し、秘密組織系と宗教系の二大妄想が形作られて行った。

因みに、雑誌ムーにはオウム真理教の空中浮遊も掲載されており、その後のオウムの一連の事件が重なり、そこから宗教団体が秘密兵器を開発していると言う発想が生まれている。

フリーメイソン系はフリーメイソンを主体に二大妄想の主張の使える部分だけ取り入れて独自進化して行ったので少し毛色が異なっている。

その二大妄想がある人物の主張によって融合される事になった。

それが、池田大作朝鮮人説である。

丁度その頃北朝鮮の同行が怪しくなっていた時期で、北朝鮮のスパイや潜水艇や拉致のニュースが大きく報道されていたので、北朝鮮と言う国家や秘密組織と、池田大作の宗教に親和性が生まれて合体して行った敬意があり、集団ストーカー妄想はそれらの妄想の集合体となっているのだ。

なので、どの系統の妄想であっても強い親和性を持っているので、集団ストーカー妄想を受け入れ易くなっている。

そこに一つ新たな問題が生じる事になる。

例えば、小説を読むと読んだ者は、それぞれのシーンを自分のイメージで思い浮かべるのだが、その小説が映画化されてその映画を見てしまうと映画のシーンしか浮かばなくなってしまう。

また、映画を見てから小説を読んでも映画のシーンしか浮かばず、誰もが同じイメージしか思い描けなくなってしまう。

これと同じ現象が、集団ストーカー妄想に起こる。

各系統の妄想者が、集団ストーカー妄想を読んでしまうと集団ストーカーにイメージが固定されてしまうのだ。

集団ストーカー妄想は各系統の妄想の集合体なので、言動も同じになってしまうので誤診を生んでしまう。

 

ASKAのブログ

ASKAのブログがネット上で騒がれている。

私がそれを知ったのは先月の初めだった。

 

それが本人の物か、それとも成りすましか、とある団体の偽装工作かは不明だ。

 

ASKAのブログに書かれている内容に、集団ストーカーだの盗聴盗撮だの書かれていると言う。

 

それが本物か偽者かに関係なく、覚せい剤には付き物の症状なので想定の範囲内だ。

なのでさほど興味は無い。

 

まあ一つ言えるとすると、集団ストーカーという言葉を使ったり、精神科の医師たちは、現代のテクノロジーについて行っていないだけと言っているらしいのだが、そっちの世界へ行ったら復帰は望めないの一言だ。

 

私の興味はASKAのブログではなく、ネットで話題にしている人達の反応だ。

その多くは「統合失調症」を疑っている。

また、集団ストーカーやテクノロジー犯罪の存在に言及している者もいる。

そしてあの団体は早速担ごうとしている。

 

私には、ASKAのブログが及ぼすそうした波及効果の方が断然興味深い。

 

因みにASKAは統合失調症ではなく、覚せい剤使用による精神刺激薬精神病だろう。

基本的に、覚醒剤は人工的に統合失調症を作り出す薬なので、症状は統合失調症と同じである。

その症状からネットで調べて集団ストーカーやテクノロジー犯罪と言う言葉を知ってしまった。

その言葉を使い始めた段階で、マインドコントロール状態となり、言動は集団ストーカー教やテクノロジー教の経典を読み上げるだけになる。

 

その経典は統合失調症を始めとする様々な精神疾患者の妄想で作られているので、統合失調症の言動と見分けが付かなくなる。

 

それは著書でも書いている事だ。

 

そんな事より、集団ストーカー教やテクノロジー教の輩が行う行動パターンだ。

今の所、いつもの様に担ぎ上げようとしているだけだ。

テク教は迎え入れる姿勢も見せているが、まだコンタクトはなさそうだ。

コンタクトがあれば、ここぞとばかりに騒ぎ出すだろう。

集スト教やテク教は、自分達の主張を信じてもらうために、ASKAと言う権威性を利用しようとしている。

奴らが騒げば騒ぐほど、それがネットで広がりASKAは偏見の目で見られる事になる。

それはブログ主の虚実に係わらず、どれほどASKAの立ち直りの障害になる事だろう。

 

 

もし本物だった場合、清水由紀子さんの二の舞にならない事を願うばかりだ。

当事者ほど真実は見えない

被害妄想解体新書」の追記に、被害妄想をコリオリの力の原理で物理的な説明を加えた。

集団ストーカーと言う被害妄想」でも書いていたが、「被害妄想解体新書」ではもっと詳細な内容にした。

集団ストーカーやガスライティングの被害に遭っていると言う人は「当事者でなければ分からない」「遭って見なければ分からない」と主張する。

しかし、コリオリの理論からすれば「当事者である限り分からない」「遭っていないからこそ分かる」それを説明出来る。

そして、コリオリの論理は、当事者が客観的視点に立つ事が出来ない事も説明出来る。

 

被害妄想とは回転する円盤の上にいる状態だ。

回転する円盤の直上に円盤から独立させて固定カメラを設置する。

これが客観的視点である。

回転する円盤の上にボールを転がすと、定点カメラはボールが真っ直ぐに進む事を観測する。

しかし、円盤の上にいる人にはボールが自分に向ってきたり、自分から遠ざかって行く様に見える。

これが被害妄想であり、主観的観測である。

客観的観測の基本は高きより全体を見通す事だ。

円盤の直上に脚立を使って定点カメラを設置する場合、円盤の上に脚立を立ててしまえば、カメラも一緒に回ってしまうので、脚立を円盤をまたぐ形で設置しなければならない。

被害妄想という回転する円盤に乗っている人が、どんなに高きより客観的に見ようとしても、円盤の上に脚立を立ててしまうので、回転する円盤から降りない限り円盤の外に脚立は立てられず、客観性は持てない。

つまり被害妄想から外れなければ客観性は持てず、どれ程客観的に見ようとしても主観的にしか見る事が出来ない。

また、被害妄想の人に近付き過ぎれば同じ円盤の上に乗る事になってしまうので、客観性は失われる。

 

被害妄想解体新書」では何故被害妄想の人は円盤が回り出すのか、被害妄想の人の感覚が何故反転するのか、どうしたら回転を止められるのかなども書いている。

被害妄想は曖昧性

被害妄想や集団ストーカー妄想について調べを進めて行くと、最終的に「曖昧性」に辿り着く。

現実なのか非現実(妄想)なのか、自分に向けられた言動なのか他者に向けられた言動なのか、自分なのか他人なのか、有るのか無いのか、受動なのか能動なのか、被害妄想を抱く者はそうした感覚が実に曖昧になっている。

誰かが自分の悪口を言っていると感じる、誰かに狙われていると感じる、盗聴や盗撮されていると感じると言った類の被害妄想は「自他境界の曖昧性」によって発生する。

(詳しくは被害妄想解体新書を参照

それと同じ様に、集団ストーカーと言う被害妄想には「現実と非現実(妄想)の曖昧性」が存在する。

集団ストーカー妄想に於ける現実と非現実の曖昧性が発生する最大の要因は「調べる」と「確認」の混同であり、それも一つの曖昧性だ。

インターネットでは色々な事が検索すれば調べられる。

しかし、どれ程ネットで調べたとしても、それは実際に自分で経験して確認した訳では無い。

被害妄想を持つ人には確認作業が欠落しているのだ。

ネットで検索して調べて、ネットで確認したから間違い無いと思っても、それは確認では無い。

そこに、現実と非現実の曖昧性が生じて、非現実を現実だと思い込んでしまう。

そして、その思い込みが見える世界を色眼鏡で見せてしまう。

 

それはインターネットだけの話ではなく、噂を信じてしまう人も同じだ。

災害の時に出回る「デマメール」を鵜呑みに信じて友人知人に送ってしまう人も、振り込め詐欺に引っかかる人も「確認」作業が抜けている。

振り込め詐欺を例に説明しよう。

振り込め詐欺の第一段階は、息子を装う犯人から「俺だけど」と電話が掛かって来る。

その時には、殆どの人は声の違いに気付いているのだが、風邪で声の調子が悪い等と言って誤魔化し、電話番号が変わったので登録し直してと伝えて来る。

この時に、登録せずに以前から登録してある息子の電話に電話して確認すれば簡単に見抜けるのだが、確認せずに息子として登録してしまうと次に犯人から電話が来ると息子の名前が表示されてしまう。

息子の名前が表示された電話に出ると、犯人の声を脳が勝手に息子の声に変換してしまうので引っかかってしまう。

振り込め詐欺で息子を名乗る犯人の話す世界は「非現実」なのだが、それを現実だと思い込んでしまう。

これも「現実と非現実の曖昧性」であり、犯人の声が息子の声に変換される事が「色眼鏡」となっている。

 

振り込め詐欺に引っかかる原理と集団ストーカーを信じてしまう原理は同じなのだ。

 

被害妄想を抱く人達は、イジメや嫌がらせを受けていると言う。

しかし、感じる、思える、と言うばかりで確認はしない。

相手の真意を聞くに至る人はまずいない。

聞いたとしても、犯人扱いして動揺させて、その動揺を見て見破られて「うろたえてい」ると思っているに過ぎない。

それも色眼鏡でしかなく、他人と言う鏡に映った自分を見ているに過ぎないのだ。

とある集団ストーカー系の団体に対する告発メール

 

ある方から、集団ストーカー系の団体の内部告発のメールを頂き、掲載の了解も頂きましたので転載いたします。

 

———ここから——–

 

古牧様

集団ストーカー・テクノロジー犯罪被害解決を標榜する被害者団体の問題点。というテーマでお話をさせていただきたいと思います。
主にNPOでの体験を基にしていますが、NPOだけの問題ではなく、被害者団体全般に言えることかもしれませんので、表記を被害者団体としています。その点お含みおきください。
また私は今でもテクノロジー犯罪というものが、あり得るのかもしれないな。というスタンスですので、古牧さんと認識のズレがあるかもしれません。

以下、とても硬い口調で述べ立てていますが、要は「結局NPOって表面は疑似科学で内情はカルト教団だった、このペテン師どもどうしてくれようか。」というようなお話です。
心の病のカテゴリについての知識が乏しいものですから、お見苦しい点が多々あることを、あらかじめお詫びいたします。

1 被害者団体は妄想性障害の発症者と彼らの主張する(被害者)との区別が出来ない。全て(被害者)として一括りにしていること。
(この質問をNPO理事長にぶつけると「私の長年の経験で判断した。」と逃げられる。基準はあっても彼の感覚的な事であって、とても公にできる性質の代物では無いだろう。)

2 このような事情で妄想性障害者と一般人が混在している状態で、様々な危険が想定されるにもかわらず、問題に対処すべきメンタルヘルスの取り扱い専門家がいない。というより精神医学に対する不信感ばかりが先行し、そのような発想自体が無い。

3 被害者団体は妄想性障害なのか(被害者)なのか定かならぬ人物の発言を全てリアルに発生したこととしてしまう傾向がある。現実との明確な区別ができていない状態だ。

4 妄想性障害者あるいは(被害者)が、被害者の集いで情報交換をすることにより自らの妄想に気が付くことなく、さらに妄想を強固にして現実とのズレ、誤解を修正する機会を無くしていること。

5 このような経緯で深刻な妄想性の障害者も同然となった人たちが中心となり、自分たちの主張を認めない一般市民を猜疑視し、ついには敵対行動を集団によるハラスメント行為という形で組織的に行うに至ったこと。
(ここに述べる猜疑心・敵愾心がどのようなものかは彼ら被害者のつづる被害者ブログを参照すれば観察することができる。)

※集団によるハラスメント行為とは具体的には彼ら(被害者)の主張する(集団ストーカー被害の)真似事だ。
中でも悪質なのは、ハラスメント行為を行う(被害者)が実際に発する罵詈讒言までも(脳内送信被害=幻聴被害)だとして誤魔化す行為だが、彼らにとっては正義の行いなので当然許されるべきだという理屈らしい。

自家撞着もはなはだしいことであるが、彼らにとっては集団ストーカーに対する防衛策であり報復なのだという固い信念があるようだ。

6 猜疑視、敵対行動(組織的ハラスメントという手段の精神的リンチ行為)の対象は彼らの同士たるべき被害者団体の加入者にも及んでいること。
これは(被害者)の主張する(なりすまし被害者)(工作員)なる存在を極度に恐れることから、その見極めの為と称して行われるのだが、その実態はお粗末で、意見の相違がある。気に喰わない。といった単なる人間関係上の不和を(なりすまし被害者)(工作員)問題にすり替えたものだ。

(被害者)として被害者団体に加入してくる人は心神耗弱状態にあることが多く、精神的リンチにより、たやすく屈服したのちに言いくるめられ、集団ハラスメント行為の手駒として利用されるか、口止めを強要されることになる。要はマインドコントロールだ。

被害者団体の本質がカルトも同様であると認識した時点で逃げだせばよいだけの話に見えるが、彼ら(被害者)にとっては被害者団体が最後のよりどころと映り、またそのように心理誘導される為、よほど自立心旺盛な人でなければ逃亡は困難な模様だ。

妄想に駆られた(被害者)の敵愾心にさらされる危険は(被害者)宅周辺の住民のみならず、(被害者)自身の家族や被害者団体の立ち寄り先、主に被害者集いに利用される公民館職員、公民館を利用する他の市民・被害者集いの二次会に使用される飲食店などに波及しており、問題は被害者団体内部で収まる性質のものではない。

※(被害者)宅周辺住民の危機は、淡路島 洲本の一家殺害事件を参照されたい。

7 (略)、その狂気の伝染力の強さ、あまりのモンスターペイシェントぶりに手が付けられない状態だった。
(放置すれば、尼崎で発生した角田美代子を主犯とする事件がさらに拡大した形で再現されることになると推測される。)

8 団体指導者はこのような者たちを掣肘できないばかりか、むしろ共謀関係にある。NPOにおいてはそうであった。

9 彼らは気に入らない人への復讐代行サービスを疑似集団ストーカー行為で粘着ハラスメントを行うという(特典)まで提供していた。
これを集団ストーカー妄想におびえる人々への求心力としていた反面、そのような強権を任意発動できるぞ。というデモンストレーションともなり、ハラスメント参加者への批判を力ずくで抑え込むのに一役買っていた。

以上が3年余りにわたって、NPOの内部事情を観察した結果をまとめたものですが、これはまだ概略の段階です。一読して疑問点がたくさん生まれるだろうことは承知しておりますので、ご遠慮なくお尋ねください。

あまりの馬鹿々々しさに私がNPOの集いに出席しなくなってから1年ほど経過しましたが、他人を騙しコントロールすることに一旦味をしめた彼らが、そうそう簡単に反省して態度を改めて、健全なNPO経営を行っているとは考えにくいです。
(信用できる被害者コミュニティ)と(恐ろしい外界)とを本能的に分けたがるカルト気質は何も変わってはいないでしょうね。

彼らには彼らなりの言い分があるでしょうが、(被害者)が医療機関や公的機関で相手にされず、いわば最後のセーフティネットとして藁をもすがる心境で頼るNPOにこのような一面があることは、彼ら(被害者)の精神安定上きわめて深刻な悪影響を及ぼしていると断定せざるを得ません。

私の希望としましては、彼らが一大カルト勢力として社会に猛威を振るう前に、司法からの命令で活動禁止・解散まで執行されるべきであると考えています。

 

——- ここまで——–

この告発文が、集団ストーカーと言う物に対する救いを、そうした団体に求めようと思っている人の、一つの判断材料になればと思い許可を得て掲載する事にいたしました。

 

 

 

 

集団ストーカーと言う思想を知らない人の為の説明

洲本の事件やボウガンの事件で耳にする「集団ストーカー」と言う言葉。
何も知らない人なら「集団でのストーカー行為」などと理解するだろう。

また「被害妄想」なら説得で理解させる等、何らかの対処が出来ると思うだろう。

しかし、集団ストーカーと言う思想はそんな生易しい物ではない。
集団ストーカー思想はカルト宗教だと思えば分かりやすい。

神を犯行組織に置き換え、「神の御業」を「犯行」に置き換えた物が集団ストーカーと言う思想だ。

カルト宗教を妄信している人に「そんな神様はいない」と言っても「神は絶対にいる」と言うのと同じ様に、集団ストーカーなど存在しないと言っても「集団ストーカーは絶対存在する」と信仰を捨てない。

「神はいつも貴方を見守っています」と言う教えが「犯行グループは常に貴方を監視しています」に置き換えられる。

信仰していない人には「日常の出来事」でも、信仰している人には「神のご加護」と受け止めるのと同じ様に、日常の出来事を「ストーカー行為」と受け止める。
道で咳をする人に出あったり、マスクをしている人を見かけたり、そんな日常の何気無い出来事をストーカー行為と受け止める為に、集団でストーカーされていると言う事になる。

厄介なのは、そんな感覚を持って生活していれば継続的なストレス状態になり、自律神経のバランスが崩れて体調不良に陥る。
集団ストーカー思想では、その体調不良を電磁波や超音波による攻撃と教える。
そもそも宗教に入信しようと言う人は、宗教に救いを求めて入信する。
それは集団ストーカー思想に取り付かれる人も同じだ。

元々社会性が低い為に社会に馴染めず、ストレスを溜め込んでいる人達なので、集団ストーカー思想に出会う前から体調不良を抱えていたりする。
違う表現をするなら、集団ストーカー思想とは究極のネガティブ思考である。
集団ストーカー思考に出会う前からネガティブ思考の人が、集団ストーカー思考に出会う事で究極のネガティブ思考になる。

通常のネガティブ思考は単なるマイナス思考なのだが、究極のネガティブに陥ると、見えている世界、感じる世界も写真のネガの様に反転してしまう。

ネガもポジも同じ物を写した物なのだが、ネガに写っている世界とポジに写し出されている世界は全くの別世界だ。

ポジの写真ではにこやかに笑っている写真でも、ネガで見ると不気味に見える。
集団ストーカーを信奉する人が感じている世界は、そんなネガの様な世界なのだ。
つまり、集団ストーカー思想は感覚の反転である。
この感覚の反転で、彼等の感覚や被害を分かりやすく説明しよう。

恐怖の毒ガス「O2C」
この恐怖の毒ガスO2Cは人を死に至らしめ、地球の環境にも影響を与える。
そんな毒ガスが、至る所からばら撒かれている事実を知ってしまった。

自動車にも排出装置が秘密裏に組み込まれ、工場などにも排出装置が設置されている。
これは国家的な陰謀で、国家に不要な人間を人知れず合法的に抹殺しようとしているに違いない。

O2CとはCO2のCとO2を反対にしただけで、二酸化炭素の事である。
この二酸化炭素のように当たり前にある物を、O2Cと言う毒ガスだと思い込んでいるのが集団ストーカーを信じている人達である。

清水由貴子さんの音声の分析

清水由貴子さんの自殺に関するページリンクのアクセスが未だにあるので、リニューアルページにも転載する事にします。

 

2chで清水由紀子論争
清水由紀子さん?の音声を文書化してみた
清水由紀子さんの会話内容から見る自殺の分析
清水由紀子さんの会話内容から見る自殺の分析 追記
清水由紀子さんの会話内容から見る自殺の分析 追記2

 

 

集団ストーカー妄想は治療で治す事が困難な理由

洲本で発生した事件」で、「妄想性障害との診断を受けて治療してもマインドコントロールを外さない限り良くなる事はない。」と書いた事に対する質問メールがあったので、ここで書こうと思います。

ご質問内容は「集団ストーカー妄想は病院で治療を受けても治らないのでしょうか」と言った趣旨の内容でした。

 

それが単なる被害妄想であれば、投薬治療で不安を抑えれば被害妄想も薄れて来ます。

しかし、集団ストーカーと言うマインドコントロールに陥っていれば、投薬治療だけでは被害妄想を消す事は困難です。

 

そもそも、集団ストーカーなる物は、妄想とは少し様相が異なります。

集団ストーカー(ガスライティング)13年間の研究レポート」に掲載しているマジックドラゴンの映像を一度見てください。

この映像のマジックドラゴンは単なるペーパークラフトなので動くはずもありませんが、誰が見ても首を振って自分を見続けるように見えます。

これは妄想でしょうか?

妄想ではなく、確かに首を振っているように見えるので、それは妄想ではなく現実です。

実はこれ、妄想ではなく「錯視」が起きているのです。

つまり、集団ストーカーとは妄想ではなく、このマジックドラゴンの映像と同じ「錯視」なのです。

ですので、実際には「集団ストーカー妄想」ではなく、「集団ストーカー錯視」と言った方が現実に即しているのです。

 

例えば、洲本事件の平野容疑者が海で溺れていたとします。

溺れている平野容疑者を助けようと、洲本事件の被害者が手を差し伸べたとします。

集団ストーカーで電波攻撃を仕掛けて来ると思い込んでいる平野容疑者が、集団ストーカーの犯人と思い込んでいる人から差し伸べられた手を見てどう思うでしょう?

助けようとする手に見えるでしょうか? それとも突き放そうとする手に見えるでしょうか?

恐らく自分を突き放して殺そうとする手に見えて(感じて)しまいます。

 

では何故、自分を突き放して殺そうとする手に見えてしまうのでしょうか?

それがマジックドラゴンと同じ原理なのです。

マジックドラゴンの映像が首を振り自分を見続けているように見える原理は、凹凸の逆転です。

通常凸ている所が凹んで入る為に、脳が凹んでいる所を凸と認識してしまう為にこの様な錯視が起きるのです。

溺れている例も、これと同じ「反転の原理」なのです。

 

では集団ストーカー妄想に陥っている人は、何が反転しているのでしょう?

それが「信頼と不信」です。

他者を信頼していれば、差し伸べられた手は自分を助け様とする手に見えますが、他者に不信を抱いていれば自分を突き放そうとする手に見えて(感じて)しまうのです。

その為、集団ストーカーの被害を主張している人は、例外なく感覚が反転しているのです。

例えば「防犯パトロール」などの見守り活動が「監視活動」に見え(感じ)、気遣いや思いやりが「ハラスメント」になり、善意を悪意に感じ、人間にとって敵意の無い事を表す笑顔を敵意と捉え、自分との関連性の無い物に関連性を持って感じてしまうのです。

錯視により実際にその様に見えたり感じたりしているのですから、それは考想による「妄想」とは異なります。

また、見えている物の認識にも問題を感じる事が多々有ります。

例えば何処にでも先回りして監視している人の証拠写真と言って見せられた写真が、私が見るとまったくの別人なのですが、その人には同じ顔に見えていたりします。

それは坂田利夫の顔が松山千春に見えている状態で、特徴的な類似点「音韻修復」と同じ原理で顔を補完して見せていると考えられるのです。

錯視に対して妄想の治療やカウンセリングを行っても、根底が違っているのですから効果は期待出来ませんよね。

 

その錯視を引き起こしているのが、集団ストーカーと言うマインドコントロールなのです。

集団ストーカーと言う概念は、他者に対する不信を植え込み錯視を起させる概念なのです。

とは言う物の、普通の人は集団ストーカーなどと言う概念を知っても、どこぞの異常者が妄想で書いた物としか思えない内容です。

参項リンク(集団ストーカー、ガスライティング、ギャングストーキング、電磁波犯罪、テクノロジー犯罪は全て同意語です)

リンク先の注意:これは数ある集団ストーカー妄想の一系統にしか過ぎませんし、書いてある事は何処にでもある日常です)

 

その異常者としか思えないと思っていた人ですら、条件さえ揃ってしまえば陥ってしまうのが集団ストーカーと言うマインドコントロールなのです。

その要因やメカニズムはかなり複雑ですので、それは著書をご覧ください。

 

錯視を引き起こさない様にするには、マインドコントロールを外すしかありません。

これは容易な事ではありません。

集団ストーカーの被害を主張する人の脳は不安に支配されており、その不安は扁桃体より発しています。

どれほど言葉を尽しても、扁桃体から生じる不安には勝てません。

扁桃体に言葉は通じないのです。

集団ストーカーと言うマインドコントロールが無ければ、投薬治療で不安を抑えれば必然的に被害妄想は薄れますが、投薬で不安を抑えても見えている世界が自分に危害を及ぼすように見えていれば不安は消えません。

不安とは漠然とした物なので明確な物は何も無く、単に不安に感じているだけですので、不安が薄まれば必然的に感じ方も薄まります。

それが投薬治療の効果です。

 

しかし、集団ストーカーと言う概念を植え付けられてしまうと、漠然とした物が明確になり、不安が恐怖へと変わります。

分かり易く説明すると、不安とは暗闇の中に何かが潜んでいると感じて怖がっている状態で、不安が消えるという事は暗闇に照明を付けて見えるようにする事です。

怖がっていた暗闇が明るく照らし出され、そこに何も潜んでいない事が分かれば怖さは薄れます。

そうした不安に対し、恐怖は暗闇が明るく照らされて見えるようになった時、そこに猛獣が潜んでいたような状態です。

これでは投薬治療で不安が和らいでも、恐怖が消える事はありませんよね。

つまり不安とは「暗闇の中の手探り状態」であり、恐怖とは「明確な脅威に対する恐れ」と言う違いになります。

集団ストーカーと言う概念は、暗闇の中に猛獣を見付けさせる概念なのです。

暗闇の中に猛獣を見付けさせられていたら、投薬治療で暗闇が明るく照らされても恐怖が消える事はないのです。

問題はどの程度集団ストーカーのマインドコントロールの影響を受けているかです。

これは、その人に元々備わって行った他者への信頼度(社会性)により個人差があり、その個人差は乳幼児期から青年期までの家庭環境によって変わります。

 

この不安と恐怖の違いがマインドコントロールに陥る原因の一つでもあるのです。

不安とは漠然としており「お化け」のような物で掴み処がありません。

すると不安を抱えている人は不安を払拭しようと、糸口を探そうとします。

集団ストーカーと言う概念はその糸口なのです。

集団ストーカーと言う概念で糸口を掴み相手が明確になる事で、不安が恐怖に変り「不安が解消される」のです。

違う表現をするなら、目標や仕事も持たずに将来に不安を感じていた人に、目標や仕事が出来て将来に希望を持ったような物です。

集団ストーカーと言う概念は、集団ストーカーの被害を主張する人にとっては希望ですので、集団ストーカーと言うマインドコントロールを外そうとする事は、その人の希望を奪う事でもあるのです。

希望を奪われる事は誰でも嫌ですよね。

その為、集団ストーカーと言う物にに捕らわれている人は、治療の先の自分が分からない為に治療に不安を抱き、集団ストーカーと言う希望にしがみ付こうとするのです。

これも感覚の反転ですね。

そうした集団ストーカーによる感覚の反転を是正する方法は、投薬治療ではなく「他者に対する信頼」を芽生えさせる事なのです。

 

 

集団ストーカー(ガスライティング)13年間の研究レポート

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集団ストーカー(ガスライティング)13年間(平成23年現在)の研究レポート
かつてはネット限定だった集団ストーカーやガスライティングと言う言葉が、マツダ工場暴走無差別殺傷事件等で新聞にまで使われるようになって来た。

初めて集団ストーカーやガスライティングと言う名称を聴く人には、それが何なのか分からないだろう。

そこでこのページも少し書き換えてみた。

その最大の趣旨は、情報の非対称性を生まない事である。
こうした言葉が個人レベルで騙られている内は良いが、こうした言葉を金儲けに利用しようとする輩が必ず出てくる。

被害を訴える人の社会復帰に繋がる仕事をして対価を得るのであれば異論は無い。

しかし、不安を煽って利益を上げようとする輩が必ず出てくる。
集団ストーカーで検索すると100万件を超える件数がHITする。

その大半が「自称被害者」と呼ばれる人たちが書いたブログであり、実態の研究や調査を書いているページは皆無に等しい。

それは、すでに情報の非対称性が始まっていると言える。

それまで集団ストーカーという言葉を知らなかった人が、ネットで情報を得ようとすれば「逆選択(集合的無知)」に陥る。

そして、100万件以上あるのだから、一つ位は本当の被害もあるだろうと考えてしまい、否定できなくなってしまう。

私と同業の調査会社も、肯定してれば金になると想い、作り話で「実際にありました」等と不安を煽り立てる。
いや、意外と本気でそう思っていたりもする・・・調査会社ではないが司法系で実際にいた。

すると、調査会社も確認しているのだからと、逆選択に拍車が掛かる。

そうなれば、第2、第3のマツダ事件が誘発される。
いや、今まででも有ったのだが、集団ストーカーという言葉が使われていなかっただけなのだ。

調査会社が安易に不安を煽り立てて金儲けに走る事は、そうした犯行を助長する事になりかねない。

それは集団ストーカーやガスライティングを訴える人や家族にとっての不幸であり、その犯行の犠牲になった人やその家族、そして社会にとっても不幸である。

そうした不幸を少しでも減らす為に、ここでは出来るだけ論理的に集団ストーカーやガスライティングと言う物を説明して行きたいと思う。

 

集団ストーカー(ガスライティング)とは一体何か?

現実なのか? 妄想なのか? それとも心の病なのか?

ネット上では様々な意見が飛び交っている。

しかし、実際にはその前提から既に間違っている。

まず妄想と言う言葉が、適切ではない。
まずこの映像を見て欲しい。

 

 

これは「マジックドラゴン」と言うペーパークラフトである。
この映像を見ると、マジックドラゴンは首を振って自分を見続けているように見える。

しかし、このマジックドラゴンは、全く動いておらず、首を振っている訳でも、自分を見続けている訳でもない。

しかし、何度見ても自分を見続けているように見える。

これは妄想だろうか?

どんなに「ペーパークラフトが動く訳が無い」と説得しても、動いて見える事には変わりはない。

それを「妄想」と言えるのだろうか?

この映像を見た人にとって、自分を見続けているように見えるのは「事実」であり、確かに自分を見続けているように見えている。

しかし、その事を誰かに話したら、それは「妄想だ」と言われたらどんな気がするだろう?
確かに見えているのに、周りの人はそれを「妄想だ」と言う。

マジックドラゴンを見ている人は、自分が正しく、周りの人が間違っていると思うだろう。

しかし、マジックドラゴンを見ている人には事実であっても、真実ではない。

実際には、マジックドラゴンが自分を見続けているように見えるのは「錯視」である。
そして、このマジックドラゴンが「監視妄想」のメカニズムでもある。

さて、ここで「監視妄想」と言う言葉を使った。
しかし、この原理からすると「監視妄想」ではなく「監視錯視」と言った方が適切な表現ではある。

しかしながら、「監視錯視」と言う言葉を使うと「監視妄想」とは別物と認識してしまう人もいるので、便宜上「妄想」と言う言葉を使用している。
さて、次に「ストーカー」なる言葉だが、この言葉も今一度認識を改める必要がある。
ストーカーの意味としては、「特定の他者に対して執拗に付き纏う行為を行う人間の事」なのだが、それは一面的な見方でしかなく、ストーカーなる言葉が使われる時、得てしてこの一面だけの印象を植え付けられる。

しかし、ストーカーと言う言葉を的確に表現するならば「好きな人にされると嬉しい事を、嫌いな人にされる事」である。

例えば、恋心を抱いていた人に待ち伏せされて、告白されれば嬉しいが、その人と喧嘩別れして待ち伏せされればストーカーと言われる。

また、カルト宗教に入信してしまった人を、家族が救い出そうとすれば、家族がストーカーになり、そのカルト宗教から脱退しようとした時に、信者が連れ戻そうとすれば信者がストーカーになる。

そして、カルト宗教に入信して、その後に脱会した人でも、入信した頃は必ず「心地よさ」を感じている。

少し話は変わるが、人には究極の幸せが4つ有ると言う。
「人に愛される事」「人に褒められる事」「人の役に立つ事」「人に必要とされる事」

その幸せが、誰もが持つ人間としての願望であり、願望が叶わなければ「満たされない」と感じるのである。

私は宗教は嫌いだが、宗教の教えや活動にはそうした事が含まれている。
それ故に、満たされないと感じている人は、宗教に関心を持ち、入信した時には「心地よさ」を感じるのである。

逆に言えば、満たされている人は宗教に関心を示さない。

つまり、満たされていない人は、宗教の執拗な勧誘を「必要とされている」と感じたりするが、満たされている人は「煩わしい」と感じたりする。
そして、宗教団体から脱退した人は、引きとめようとする信者に「煩わしさ」を感じたりする。

しかし、満たされている人が感じる「煩わしい」と言う感覚と、脱退者の「煩わしい」と言う感覚は、似て非なる物であるのだが、満たされている人は、自分の持つ「煩わしい」と言う感覚と同じ感覚だと思ってしまう。

ここで重要な事は、文字で書くと同じ「煩わしい」と言う言葉でも、その言葉に含まれる意味や感覚は人によって異なると言う事である。
集団ストーカー(ガスライティング)を理解する上で、少なくともこれだけの予備知識は必要だと私は思う。

この予備知識を踏まえた上で次へ進もう。

 

集団ストーカー(ガスライティング)は複数の要因から成り立ち、その複数の要因には、要因の要因、更には要因の要因の要因がある。

そうした要因を書き出すと以下の要因があり、それらの要因が複雑に絡み合いっている。

集団ストーカー(ガスライティング)の要因

1. 不安
2. 情報の非対称性
3. 脳(前頭葉)の機能低下
4. 孤独
5. マインドコントロール
6. 神経及び精神疾患
7. 社会性の欠如

ネット上では「集団ストーカー(ガスライティング)=統合失調症」との風聞が高い。
それは医師の診断にも同じ様な傾向がある。

しかしそれは誤りであり、その誤りが誤診を生む。

そうした誤診を防ぐ為にも、こうした要因の相関関係を理解する事が必要と考えられる。
こうした要因の中で最も重要な要因はマインドコントロールである。
集団ストーカー(ガスライティング)と言うマインドコントロールに陥りやすい要因として、様々な疾患があり、その疾患の症状としての不安や孤独もあれば、逆に疾患の原因としての不安や孤独もある。

その不安や孤独を引き起こす要因として多いのが「社会性の欠如」であり、発病する事でも社会性は失われる。

また、マインドコントロールによっても前頭葉の機能が低下し、病を発症する事でも脳の機能は低下する。
更に元々前頭葉の機能が低かった人はマインドコントロールに陥りやすい傾向にある。

そして、疾患を発症していない人でもマインドコントロールによって不安に落とし込まれ、その不安によるストレスから病を発症する。

そのマインドコントロールの入口となる物が「情報の非対称性」であり、情報の非対称性が不安を生む要因となる。

そして、前頭葉の機能が低下している人や、心に病を持った人が、そうした情報の非対称性を作り出し、そうして作られた情報の非対称性が、新たなる要因を持つ人を不安に陥れる。

こうした要因の連鎖がスパイラル化した物が、現在の集団ストーカー(ガスライティング)である。

 

確かに、集団ストーカー(ガスライティング)を主張する人の言動は、統合失調症の人の言動に酷似している。

しかし、マインドコントロールと言う視点で見ると、集団ストーカー(ガスライティング)と言うマインドコントロールによって「統合失調症」の人と同じ言動を「言わされている」と言う事も見えて来る。

単なる不安症の人が、集団ストーカー(ガスライティング)と言うマインドコントロールで、統合失調症の人と同じ言動をして、統合失調症と診断されてしまえば、統合失調症の処方がされてしまう。

そうなると、その薬の作用が症状と誤診され、薬が効かない=強い薬となり、何時までも治らないと言う危険性も出てくる。

また、本当に病気の人が集団ストーカー(ガスライティング)と言うマインドコントロールにより、薬が効いていてもおかしな言動を繰り返し、治療の効果が見られないと判断される危険性もある。

更に、集団ストーカー(ガスライティング)と言うマインドコントロールにより、投薬の効果が薄れる事すらありえる。

集団ストーカー(ガスライティング)を唱える者を治療する場合、治療と同時にマインドコントロールを外す必要がある。

しかし、医師にマインドコントロールと言う概念が無ければそれも難しい。

間違えやすいのは、集団ストーカー(ガスライティング)=監視妄想と見てしまう事である。

集団ストーカー(ガスライティング)は監視妄想であって監視妄想ではない。
マインドコントロールによって監視妄想に陥っている人と、精神疾患等から来る監視妄想をマインドコントロールによって確信させられている人は、似て非なる物であって同じではない。

かと言ってマインドコントロールによって監視妄想を持っている人が、健康な人かと言えばそうでもない。

その多くが原因不明の体の不調を持っていたり、体調不調に気付いていなかったりしている。
原因不明の不調で多いのが、めまい系の症状や、耳鳴り系の症状であり、これらの多くは自律神経系の疾患であったり、神経過敏による症状である。

そして、気付かない不調がドライアイであったり、「難聴」であったりする。
ドライアイは「疲れ目」程度にしか思わず、難聴は脳で補完されて聞こえている為、自分が難聴であるとは気付かない。

そして、その補完が幻聴と間違われ易い。

また、妄想を伴う精神疾患は統合失調症に限った事ではない。
鬱病にしろ、躁うつ病にしろ、妄想は伴う。

集団ストーカー(ガスライティング)と言うマインドコントロールの厄介な所は、そうした異なる疾患から来る妄想の言動が、統合失調症タイプの言動に統一されてしまう所にある。

まずは、妄想とは何か?を考えるべきだろう。

彼らの妄想の原点は「不安」である。

 

人は不安になると、怯えが生じ始める。
人は怯えると、周囲を警戒し始め「怪しい」と思う物を探そうとする。

では「怪しい」とは何か?
それは「知らない」と言う事である。

知らない事、理解できない事、理不尽に思える事、そうした事を怪しいと感じ、怪しいと思える物を「探し」始める。
そして、不安を解消する為に知ろうとする。

問題は「探す」と言う事だ。

「怪しい」と言う事は「知らない」と言う事であり、怪しいと思える物を探すと言う事は、「自分が知らない事(物)を探す」と言う事である。

しかし、本人には「怪しい」=「知らない」と言う意識は無く、単に「怪しい」と言う認識しか持っていない。

知らない物を探そうとすれば、自分の回りは知らない物に満ち溢れている。
つまり、怪しいと思う物を探し始めれば、全てが怪しく思えてしまう。

そして調べ始める。

しかし、自分にとって重要な事や、興味のある事だけしか知ろうとせず、それ以外の事はスルーする傾向が強くなる。

その結果、知識のつまみ食い状態に陥り、基本原理も知らずに現象同士を想像で繋ぎ合わせる。
それが彼等の妄想の特徴だ。

 

さて、それでは何故そのような「不安」が出るのだろう。
彼等は必ずと言って良いほど原因不明の体調不良を訴えている。

頭痛や耳鳴り、目の乾きから皮膚病、心拍の急上昇に至るまで様々な症状を口にする。
そして、原因不明の原因を「攻撃」に求めるのだが、結論から言うと原因不明の体調不良とは「自律神経失調症などの自律神経症状」である。

この「原因不明」と言う物を少し考えてみよう。

例えば、心療内科で体調不良を訴えたとする。
すると、まず内科等で検査を受ける様に指示される。

そして、内科で異常なしと診断されると、自律神経失調症と診断される。

しかし彼等には、それが矛盾に感じる。
検査しても、体に異常が無ないのに病名が付けられれば、「無理に病気にさせられる」と言う感情を持っても不思議ではない。

しかし、体調不良が有るのにも関わらず、検査しても体に異常が無いからこそ「自律神経」なのである。
異常があれば別の病名が付いているし、異常が無ければ体調不良は起さない。

この自律神経症状は、鬱病や統合失調症にも共通した症状であり、この自律神経症状の一つに「不安感」がある。

 

マジックドラゴンの映像では、マジックドラゴンが自分を見続けているように見えたと思う。
しかし、マジックドラゴンは一切動いていない。

自分を見続けているように見える秘密は「凹凸の逆転」であり、これこそが監視妄想の原理でありマインドコントロールを受けた人が見えている感覚である。

マジックドラゴンの凹凸の逆転と同じく、自称被害者には感覚の逆転が見られる。

現実と非現実の逆転、多数と少数の逆転、日常と非日常の逆転、「する」と「される」の逆転などなど。

それは、youtube等にUPされている証拠映像にも見て取れる。

カメラで撮影しながら、遠くにいる怪しいと思う人の所まで行きストーカーされていると言っていたり、自分が車線をはみ出しているのに隣の車が幅寄せして来ると言っていたりする。

 

最も重篤な逆転が、「疑う」と言う事である。

社会性とは「信じる」事を基本として成り立っている。

その「信じる」が「疑う」に逆転すれば、社会性は失われる。
こうした感覚の逆転は全ての自称被害者に共通している。

感覚が逆転していれば、マジックドラゴンのように見続けられているという感覚に陥る。
集団ストーカーというマインドコントロールの外し方も、この映像に含まれている。

マジックドラゴンは、一定の角度を超えると錯視は起こらなくなる。
つまり錯視の起こらない角度から見れば、それが錯視で有る事に気付く。

つまり、認めようとしなかった事や、聞く耳を持たなかった視点に立てれば必然的に錯視は消える。

 

さて、ここからが難しい所だ。

錯視の起こらない所から見れば、錯視である事に気付くのだが、前いた位置に戻ればまた錯視は始まってしまう。
その為、一旦は抜けたかのように見えても、また元に戻ってしまう。

どれだけ「あれは錯視だ」と理解していても、どれだけ説得しても、自分を見続けているように見えてしまう。

何時までも自分を見続けている様に感じていれば、錯視である事が信じられず、説得は騙そうとしているとしか思えない。

 

自称被害者の友人知人や家族の人が、ネットで調べただけで対処する事がどう言う事なのか?ネットの中の自称被害者に対する論議とはどういう事なのか?

こうした人達がこのマジックドラゴンの映像を見て、理解したつもりになって話を年する。
しかしそれは、理解したつもりになっているだけであり、本当の事は何も理解していない。

映像で見て理解しているのに何故理解していないのだろうか?
それは、単に映像を見ただけに過ないのであって、実際のマジックドラゴン を見ていないのである。

本当の外し方とは、この映像と現実の違いに有る。

実際にマジックドラゴンを作って肉眼で見ても、ほとんど錯視は起こらない。
マジックドラゴンの錯視は、カメラで映像化して初めて見事な錯視が起きる。

実際に自分で試した人にしかこの「格段の違い」は分からない。

それが「知識と経験のフィードバック」の重要性である。

映像だけの理解であれば、視点が戻れば同じ感覚に捕らわれてしまう。
しかし、現物で自分の肉眼で見れるようになればもう錯視は起こらない。
そして映像のマジックドラゴンの錯視を見ても、「錯視なんだ」と実感出来るようになる。

その感覚は実際のマジックドラゴンを見た人にしか理解できない。
これが「知っているつもりになっている」と「本当に知っている」の違いである。

 

この「知っているつもり」と言う物が、妄想を生み出す背景である。

集団ストーカーやガスライティングと言った物は、ネット社会の副産物のような物である。

ネットが普及する前にはその様な言葉は存在せず、その様な概念も存在しなかった。

それがネットと共に生まれて拡散して行った。

インターネットが普及し、何でもインターネットで調べる事ができる。

しかしその反面、「自分で確認する」事が希薄になっている。

マジックドラゴンの映像だけ見て「知っているつもり」になっているのと同じだ。

しかし「知っているつもり」の人は、その自覚が無く「知っている」と思い込んでいる。

それは「妄想」と同じであり、妄想を現実と思い込んでいる事に他ならない。

 

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