「被害妄想解体新書: 被害妄想を知り克服する」の概略

被害妄想解体新書: 被害妄想を知り克服する」は、被害妄想は持っているが発病に至っていない人や、治療を受けていても被害妄想が無くならない人向けに書いた本です。

何故、被害妄想が生まれるのか、何故治療を受けても被害妄想が無くならないのか?

被害妄想を単なる妄想とか、病気の症状だと思っている限り、まず無くならないでしょう。

 

そもそも、被害妄想とは何か? 被害妄想は何故生み出されるのか? そのメカニズムを知らずに治そうとしても治るはずもありません。

逆にメカニズムを理解すれば、何処をどのように改善したら良いのかが分かります。

被害妄想は「疑心暗鬼」です。

疑心暗鬼は病気ではありません。

しかし、疑心暗鬼は不安を生み、その不安が病気を発症させる原因になるのです。

その疑心暗鬼は何故生まれるのか?

疑心暗鬼の語源は「疑心、暗鬼を生ず」です。

疑心暗鬼を生ずとは、疑いの心をもって見ると、なんでもないことでも疑わしく見えてくるということのたとえです。

つまり、疑う心。

自分を疑う、他人を疑う。

その疑う心が何故生まれるのか?

その原点に戻り、そこから改善しなければ疑心は消えないのです。

病気は治療で治せても、疑心の改善は出来ません。

「被害妄想解体新書: 被害妄想を知り克服する」は、その疑心を改善する事を目的として書いた本です。

 

 

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被害妄想解体新書: 被害妄想を知り克服する

うつ病や統合失調症の治療を受けても被害妄想が無くならない、この本はそんなお悩みをお抱えている方の為の本です。
治療を受けても被害妄想が無くならないのは何故でしょう?何故 被害妄想は起きるのでしょうか?そもそも被害妄想は病気の症状なのでしょうか?
治療を受けても被害妄想が無くならない方は、そこから見直すべきではないのでしょうか?
この本は、被害妄想が何故起きるのか、何をどうすれば被害妄想が消えるのかを書いています。
被害妄想でお悩みの方は、ぜひ一度ご覧ください。

客観視を取り戻す為に

被害妄想に陥っていると、客観的な判断力や思考力が失われ、全てに於いて主観的になってしまう。

一旦客観視を失い主観的になってしまうと、客観視を取り戻す事は容易ではなくなってしまう。

主観的になってしまった人に、客観視を取り戻させる為の有効な手段が「他人の振り見て我が振り直せ」である。

被害妄想に陥っている人は、自分がサスペンスドラマの主人公にでもなったような感覚を抱いている。

しかし、同じ様な被害妄想を抱いている人を見た時には、意外と客観的に見られる人も多い。

同じ様な被害妄想を抱いている人の行動を愚かしく滑稽に感じれば、自分も他人から見れば同じ様に見えていると理解させれば客観視が戻り易くなる。

つまり、サスペンスドラマの主人公になりきっている人に羞恥心を芽生えさせるのだ。

それを意図して書いたのが「電波な人々」と「電波な人々Ⅱ」だ。

しかし、この2冊は文章だけで伝えている為、文章を読んだイメージはそれぞれ異なってしまう。

イメージの相違は共通認識の相違であり、共通認識が違えば意思の疎通は図れない。

この、話し手と聞き手のイメージの相違は、被害妄想の解消に於いて大きな障害となる。

そこで、新たに書いたのが「電波な人々Ⅲ」だ。

この著書は、youtubeに投稿されている動画にリンクして、何をどの様に勘違いしているのかを解説する形にしている。

言葉による伝達はイメージの相違を生じ易いが、映像での解説はイメージの相違を解消して共通認識を得られ易く、客観視を復活させる為には有効な手段である。

例えば「電波な人々Ⅲ」でリンクを貼っている動画に、電磁波過敏症のテレビニュースをUPした動画がある。

その中に、帽子の中にアルミ箔を貼り電磁波対策をしている人の映像がある。

何の説明も無ければ、アルミ箔は電磁波を遮断すると思って納得して見てしまうだろう。

しかし、アルミ箔を貼った帽子で電磁波の影響が少なくなったと言っている時点で、電磁波過敏症では無い事を証明しているのだ。

何故なら、アルミ箔は電波を遮断する事は確かだが、電波を受信もしてしまう。

電波の受信は金属で出来ているアンテナで受信する。

「帽子の中にアルミ箔を貼ってかぶる」と言う事は、帽子の中にアンテナを設置していると同じ事だ。

アルミ箔なので受信面積が広く、より多くの電磁波を受信してしまう形状になっている。

しかも、そのアルミ箔は頭に密着しているので、受信した電波を体に直接流している状態になっている。

電磁波を集める帽子をかぶって症状が和らぐのであれば、電磁波過敏症では無いと言う事だ。

 

その映像を、こうした理屈を知っている人が見たら、実に馬鹿げた主張にしか聞えない。

番組自体は大真面目な番組だけに、馬鹿げた行為を大真面目にやっている姿が滑稽に見える。

その感覚を体験させれば、初期段階なら客観視を取り戻せる。

 

集団ストーカー妄想は治療で治す事が困難な理由

洲本で発生した事件」で、「妄想性障害との診断を受けて治療してもマインドコントロールを外さない限り良くなる事はない。」と書いた事に対する質問メールがあったので、ここで書こうと思います。

ご質問内容は「集団ストーカー妄想は病院で治療を受けても治らないのでしょうか」と言った趣旨の内容でした。

 

それが単なる被害妄想であれば、投薬治療で不安を抑えれば被害妄想も薄れて来ます。

しかし、集団ストーカーと言うマインドコントロールに陥っていれば、投薬治療だけでは被害妄想を消す事は困難です。

 

そもそも、集団ストーカーなる物は、妄想とは少し様相が異なります。

集団ストーカー(ガスライティング)13年間の研究レポート」に掲載しているマジックドラゴンの映像を一度見てください。

この映像のマジックドラゴンは単なるペーパークラフトなので動くはずもありませんが、誰が見ても首を振って自分を見続けるように見えます。

これは妄想でしょうか?

妄想ではなく、確かに首を振っているように見えるので、それは妄想ではなく現実です。

実はこれ、妄想ではなく「錯視」が起きているのです。

つまり、集団ストーカーとは妄想ではなく、このマジックドラゴンの映像と同じ「錯視」なのです。

ですので、実際には「集団ストーカー妄想」ではなく、「集団ストーカー錯視」と言った方が現実に即しているのです。

 

例えば、洲本事件の平野容疑者が海で溺れていたとします。

溺れている平野容疑者を助けようと、洲本事件の被害者が手を差し伸べたとします。

集団ストーカーで電波攻撃を仕掛けて来ると思い込んでいる平野容疑者が、集団ストーカーの犯人と思い込んでいる人から差し伸べられた手を見てどう思うでしょう?

助けようとする手に見えるでしょうか? それとも突き放そうとする手に見えるでしょうか?

恐らく自分を突き放して殺そうとする手に見えて(感じて)しまいます。

 

では何故、自分を突き放して殺そうとする手に見えてしまうのでしょうか?

それがマジックドラゴンと同じ原理なのです。

マジックドラゴンの映像が首を振り自分を見続けているように見える原理は、凹凸の逆転です。

通常凸ている所が凹んで入る為に、脳が凹んでいる所を凸と認識してしまう為にこの様な錯視が起きるのです。

溺れている例も、これと同じ「反転の原理」なのです。

 

では集団ストーカー妄想に陥っている人は、何が反転しているのでしょう?

それが「信頼と不信」です。

他者を信頼していれば、差し伸べられた手は自分を助け様とする手に見えますが、他者に不信を抱いていれば自分を突き放そうとする手に見えて(感じて)しまうのです。

その為、集団ストーカーの被害を主張している人は、例外なく感覚が反転しているのです。

例えば「防犯パトロール」などの見守り活動が「監視活動」に見え(感じ)、気遣いや思いやりが「ハラスメント」になり、善意を悪意に感じ、人間にとって敵意の無い事を表す笑顔を敵意と捉え、自分との関連性の無い物に関連性を持って感じてしまうのです。

錯視により実際にその様に見えたり感じたりしているのですから、それは考想による「妄想」とは異なります。

また、見えている物の認識にも問題を感じる事が多々有ります。

例えば何処にでも先回りして監視している人の証拠写真と言って見せられた写真が、私が見るとまったくの別人なのですが、その人には同じ顔に見えていたりします。

それは坂田利夫の顔が松山千春に見えている状態で、特徴的な類似点「音韻修復」と同じ原理で顔を補完して見せていると考えられるのです。

錯視に対して妄想の治療やカウンセリングを行っても、根底が違っているのですから効果は期待出来ませんよね。

 

その錯視を引き起こしているのが、集団ストーカーと言うマインドコントロールなのです。

集団ストーカーと言う概念は、他者に対する不信を植え込み錯視を起させる概念なのです。

とは言う物の、普通の人は集団ストーカーなどと言う概念を知っても、どこぞの異常者が妄想で書いた物としか思えない内容です。

参項リンク(集団ストーカー、ガスライティング、ギャングストーキング、電磁波犯罪、テクノロジー犯罪は全て同意語です)

リンク先の注意:これは数ある集団ストーカー妄想の一系統にしか過ぎませんし、書いてある事は何処にでもある日常です)

 

その異常者としか思えないと思っていた人ですら、条件さえ揃ってしまえば陥ってしまうのが集団ストーカーと言うマインドコントロールなのです。

その要因やメカニズムはかなり複雑ですので、それは著書をご覧ください。

 

錯視を引き起こさない様にするには、マインドコントロールを外すしかありません。

これは容易な事ではありません。

集団ストーカーの被害を主張する人の脳は不安に支配されており、その不安は扁桃体より発しています。

どれほど言葉を尽しても、扁桃体から生じる不安には勝てません。

扁桃体に言葉は通じないのです。

集団ストーカーと言うマインドコントロールが無ければ、投薬治療で不安を抑えれば必然的に被害妄想は薄れますが、投薬で不安を抑えても見えている世界が自分に危害を及ぼすように見えていれば不安は消えません。

不安とは漠然とした物なので明確な物は何も無く、単に不安に感じているだけですので、不安が薄まれば必然的に感じ方も薄まります。

それが投薬治療の効果です。

 

しかし、集団ストーカーと言う概念を植え付けられてしまうと、漠然とした物が明確になり、不安が恐怖へと変わります。

分かり易く説明すると、不安とは暗闇の中に何かが潜んでいると感じて怖がっている状態で、不安が消えるという事は暗闇に照明を付けて見えるようにする事です。

怖がっていた暗闇が明るく照らし出され、そこに何も潜んでいない事が分かれば怖さは薄れます。

そうした不安に対し、恐怖は暗闇が明るく照らされて見えるようになった時、そこに猛獣が潜んでいたような状態です。

これでは投薬治療で不安が和らいでも、恐怖が消える事はありませんよね。

つまり不安とは「暗闇の中の手探り状態」であり、恐怖とは「明確な脅威に対する恐れ」と言う違いになります。

集団ストーカーと言う概念は、暗闇の中に猛獣を見付けさせる概念なのです。

暗闇の中に猛獣を見付けさせられていたら、投薬治療で暗闇が明るく照らされても恐怖が消える事はないのです。

問題はどの程度集団ストーカーのマインドコントロールの影響を受けているかです。

これは、その人に元々備わって行った他者への信頼度(社会性)により個人差があり、その個人差は乳幼児期から青年期までの家庭環境によって変わります。

 

この不安と恐怖の違いがマインドコントロールに陥る原因の一つでもあるのです。

不安とは漠然としており「お化け」のような物で掴み処がありません。

すると不安を抱えている人は不安を払拭しようと、糸口を探そうとします。

集団ストーカーと言う概念はその糸口なのです。

集団ストーカーと言う概念で糸口を掴み相手が明確になる事で、不安が恐怖に変り「不安が解消される」のです。

違う表現をするなら、目標や仕事も持たずに将来に不安を感じていた人に、目標や仕事が出来て将来に希望を持ったような物です。

集団ストーカーと言う概念は、集団ストーカーの被害を主張する人にとっては希望ですので、集団ストーカーと言うマインドコントロールを外そうとする事は、その人の希望を奪う事でもあるのです。

希望を奪われる事は誰でも嫌ですよね。

その為、集団ストーカーと言う物にに捕らわれている人は、治療の先の自分が分からない為に治療に不安を抱き、集団ストーカーと言う希望にしがみ付こうとするのです。

これも感覚の反転ですね。

そうした集団ストーカーによる感覚の反転を是正する方法は、投薬治療ではなく「他者に対する信頼」を芽生えさせる事なのです。

 

 

聞こえても存在しない声

本人には聞こえていても、存在していない声がある。

集団ストーカーの被害を訴える人には「声が聞こえる」と言う人が多いが、その声は本当に実在するのか?

その一つの答えがこれだ。

 

これは集団ストーカー被害を訴える人が録音したICレコーダーの録音ファイルをスペクトラムアナライザーで解析した映像だ。

本人は聞こえる声に対して二度返事をしているが、音の波形は本人の「ハイ」と答える声以外に際立った変化は示していない。

声の波形はこの人の「ハイ」と言う時の波形の様に、全体的な変化を示すが、この人の「ハイ」と言う前後にそうした変化は見られない。

定期的に波形に変化がある部分があるが、それはアナログの目覚まし時計の音であり、それは録音者にも確認している。

つまり、相手の声は存在していない事を示している。

 

集団ストーカーの被害を訴える人は、証拠を取ろうとボイスレコーダーで録音しようとする。

しかし、ボイスレコーダーに録音されなければ「機械の性能が悪い」若しくは本人にしか聞こえない「脳内送信」などと考える。

また、自分の行動を指摘される内容が聞こえる為、「盗聴や盗撮」を疑う。

また、自分にしか聞こえないのは、超音波やらマイクロ波やらテレパシーを使ったテクノロジー犯罪が行われていると言う人も多い。

しかし、このファイルを録音した人は、録音ファイルの同じヶ所で同じ声が聞こえると言う。

これは録音データなので、電波やテレパシーなどが出る様な類の物ではない。

またファイルの再生は私の事務所で行っているので、異なる環境でも同じ様に聞こえている。

 

では何故本人には聞こえるのだろうか?

それが「脳の補完」なのだ。

 

この録音ファイルには本人の声以外に「ノイズ(雑音)」が録音されている。

この録音ファイルから聞こえる雑音は「雨音」と「目覚まし時計の秒針の音」が録音されている。

問題はこのノイズである。

脳の補完は、こうした雑音などのノイズを声として変換する場合と、「雑音の中に何か隠れているかも知れない」と脳が感じ、雑音の中に脳が勝手に声を作り出してしまう為に起きる。

その為、ノイズや雑音の無い「無音」の所で補完は起らない。

無音の場合、耳がボーンとした様になる場合が多い。

補完により聞こえる声は、その人の精神状態によって補完される為、自分しか知らない内容が使われる。

別の言い方をすれば、自分の行動を全てを知っているのは自分だけなので、補完によって聞こえているのであれば、自分の行動を指摘されたり考えているだけの事が声として聞こえるのは当然と言える。

また、自己否定している様な人であれば、悪口や誹謗中傷として聞える人も多い。

 

問題は、聞こえている人が何処まで自覚しているかである。

 

私の知人で双極性障害と思われる病気を発症した者がいるが、その人は弟や母が精神科に強制入院された経験から病状を知っており、自分が発病する以前から症状などの知識を持っていた。

その知識は形式知ではなく、経験知として持っていた。

その為、発病を自覚する事が出来た。

その人に声が聞こえ始めた時、私にこう言った。

「幻聴が聞こえ始めて、もう一人の自分と会話するまで酷くなった」

病気の症状である事を発病前から経験知で認識していた為、「誰か」ではなく「幻聴」との自覚を持てた。

これが全く症状などの知識を持っていなかったり、形式知だけの知識であれば自覚する事は難しいだろう。

 

こうした補完によって聞こえている場合、聴覚過敏も同時に出ている場合が多く、音に敏感になっている人が多い。

原因で最も多いのはストレスである。