「ひとは何故精神を病むのか」の広告から見える物

ひとは何故精神を病むのか

なぜ人は精神を病むのか: 心を蝕む二次元脳」の広告をgoogle広告で出しているのだが、そこで面白いデータが取れた。

広告はキーワード指定で出しているのだが、そのキーワードを「統合失調症」「幻聴」「妄想」「精神疾患」に指定していて、そのキーワードを含む検索結果に広告が表示される。

googleに広告を出すと、年代層や性別別に表示回数のデータが出る。

その結果が面白い。

連日最も多く表示されているのは、45歳~54歳の女性。
これは、調査や顧客層の40代~50代の女性と合致する。

やはり、40代~50代の女性は危険な年代と言えるのだろう。

知恵袋などのネット掲示板でも、母親の幻聴や被害妄想を心配する子供からの相談を目にする事が多いのだが、相談者も回答者も統合失調症の病名を持ち出す。

それはあまり良い事ではない。

40代~50代の女性は更年期の時期であり、まず疑うべきは更年期障害なのだ。

しかし、幻聴や被害妄想=統合失調症の症状との考えから、すぐに統合失調症に結び付けてしまう。

しかし、治療を受けても一向に良くならない人が多いのが現実である。

そうした人にこそ是非この本を読んで欲しいと思う。

この本は、私の20年の研究の集大成として書いた本で、幻聴や被害妄想は病気の症状とは別物であり、病名で区切って考えるのではなく、ストレスによる脳のダメージとして病気を捉える事を私なりに分かり易く書いたつもりだ。

この本を読めば、治療で幻聴や被害妄想が無くならない理由が分るだろう。

幻聴や被害妄想と言う言葉を使ってしまうと、さも異常な状態の様に思えてしまうが、幻聴や被害妄想を突き詰めれば「脳の補完機能」と言う誰にでも備わっている基本機能である事が分る。

誰にでも備わっている基本機能が投薬治療で治る訳もない。
逆に基本機能が損なわれるのであれば、それは障害である。

その脳の補完機能とは、欠けている情報を周囲の状況から推測して補う機能である。

幻聴や被害妄想と言った物は、補うべき情報が歪んでしまっている為に、正しく補完されなくなっている状態である。
つまり、問題は幻聴や被害妄想その物にあるのではなく、認知を歪めている原因こそが問題なのである。

幻聴や被害妄想は結果であり原因ではない。

原因を放置して結果を変えようとしても、無理な話である。

この本を読めば、原理的な視点から具体的に何をどうすれば良いかが見えて来ると思う。
また、SNSが脳にもたらす悪影響も、原理として理解出来ると思う。

なぜ人は精神を病むのか: 心を蝕む二次元脳」 はアマゾンで販売中だ。

その他の著書及び業務はこちら。

https://stalker.johoguard.com/?page_id=9

韓国の異常性

韓国は良く正義と言う言葉を使う。

文在寅大統領は、日本に対して歴史を歪曲すると批判したり、正直にならなければいけないとか言っている。

日本人からすれば、何を言っているのか分からない。

実はこれ、集団ストーカーの被害を主張する人達と同じ精神状態から来る発言である。

そもそも韓国の言う正義とは、本来あるべき理想の姿の事であって歴史的事実の事ではない。

そうした思考は「確証バイアス」に陥る。

確証バイアスとは、自分に都合の良い情報ばかりを集め、都合の悪い情報は無視する認知バイアスの事だ。

その結果、都合の良い情報ばかりを集めて理論構築して結論を出す。

その時点で現実を歪曲しているのだが、都合の悪い情報は無視しているので、相手が歪曲している様に見える。

それ故、自分に都合の悪い情報を指摘されれば、嘘と言う事になる。

そして被害妄想が生まれる。

これは、集団ストーカー被害を主張する人達と全く同じだ。

なぜ人は精神を病むのか」の表紙に「ルビンの壺」を使っているが、ルビンの壺こそ被害妄想を治すヒントなのだ。

この著書でも書いているが、ルビンの壺の壺の部分を人の善意、顔の部分を悪意に例えると、悪意を見れば善意は見えなくなり、善意を見れば悪意は見えなくなる。

悪意を見続ける限り善意が見える事は無く、善意を見ようとしなければ見える事は無い。

確証バイアスで自分に都合の良い情報だけ信じて、都合の悪い情報を信じようとしなければ、ルビンの壺の一方だけしか見ようとしない状況に陥ってしまう。

韓国の正義にはそうした危険性が内包されているのだ。

まあ、これは韓国に限った訳ではない。

「津久井やまゆり園」で、19名 を殺害した植松聖 容疑者も正義を口にしている。

韓国の厄介な所は、その正義が儒教から来ている所だ。

韓国は儒教の国と言われるが、宗教的な思想が背景にあると国家的なカルトと化してしまう。

集団ストーカーと言う被害妄想ガスライティングと言うマインドコントロール」でも触れているが、集団ストーカーと言う思想は、宗教を騙らないカルト宗教であり、被害者を名乗るカルトでもある。

なので必然的に行動パターンは似て来る。

集団ストーカー被害を主張する人の街宣活動や場違いな場所での講義活動と韓国の国際会議での場違いな主張は同じ行動パターンなのだ。

さて日本の対応だが、安倍政権の対応を私は支持する。

文在寅大統領 は振り上げた拳を下さないだろう。

なので、 政権が変わるまでこの問題は続くだろう。

そして 文在寅大統領 が騒げば騒ぐ程、日本と韓国にとって良い結果を生むことになると予想している。

韓国は実利より面子を重んじる国だ。

自分から引く事は、先ず無いだろう。

しかしこのまま行けば経済の悪化は避けられないだろう。

そして痛い思いをする事になるが、それでも突き進むだろう。

なのでこの問題は政権交代するまで続くだろう。

しかし、痛い思いは確実に心に刻まれる。

将来再び日韓で問題が生じた時、国民の心の中に刻まれた痛みが感情のブレーキとして働くだろう。

そうなると、韓国の大統領は容易に責任を日本に擦り付ける事は出来なくなるだろう。

なぜ人は精神を病むのか: 心を蝕む二次元脳 Kindle版 発売開始

なぜ人は精神を病むのか: 心を蝕む二次元脳 Kindle版 発売開始

なぜ人は精神を病むのか: 心を蝕む二次元脳 Kindle版

人は何故精神疾患になるのか? なぜ幻聴が起きるのか? なぜ被害妄想が起きるのか? そのメカニズムに迫ると見えて来る物がある。
それが「補完」であり2次元化した脳、2次元脳だ。

2次元脳から見えて来るZ軸不足とは?

2次元脳と言う新たな視点から統合失調症などの精神疾患を読み解く。

他の著書はこちら「著書紹介」

フェイクニュースを信じてしまう人

最近トランプ大統領が口にしてから、フェイクニュースと言う言葉を耳にする機会が増え、フェイクニュースを信じてしまう人の話題もよく耳にする。

しかし、フェイクニュースは昨日今日始まった事ではない。

少なくとも、私がネットを始めた平成10年にはすでに存在していた。

その代表格が集団ストーカーを信じる人達が作ったサイトだ。

そして、それを信じてしまう人も長年見続けて来た。

そうした人の特徴は「調べる=検索」の人達だ。

ネットで検索して出た情報が正しいとは限らないのだが、検索で出て来た情報を精査もせずに信じてしまう。

また、情報の信憑性を得ようと情報ソースを求める場合も、そのソースの信憑性は不明だ。

それはネットでなくても同じだ。

テレビでも同じ事が起きる。

その代表が盗聴の特集である。

盗聴や盗撮を疑う人は、そうしたテレビの情報を何の疑いも無く信じてしまっている。

故に、盗聴や盗撮ありきで思考が推移してしまう。

私のブログのアメンバー限定記事だが、ジックリみればテレビのフェイクが分かるだろう。

アメンバーでなければ、公開版を参照

もし、誰もこのフェイクを見破れない状況で、この番組が情報ソースになっていれば誰もが疑わずに信じてしまうだろう。

それが調べると言う事の限界である。

 

そこに欠けているのは「確認」であるのだが、調べる人は調べる事を確認と思い込んでいる人が多い。

しかし、調べる事は確認ではなく認識しているに過ぎない。

確認は自ら試し、経験して初めて確認したと言える。

しかし、先入観を持った確認は意味を成さない。

シャーロック・ホームズの言葉にこんな物がある。

「人は事実に合う理論的な説明を求めようとしないで、理論的な説明に合うように事実の方を知らず知らず曲げがちになる。」

先入観を持った確認は、得てして先入観に合わせて事実を曲げてしまう。

 

情報社会は調べれば簡単に情報が手に入るのだが、同一経験や類似経験が無ければ情報の真偽を判断する事が出来ず、情報に翻弄される事になる。

情報社会で情報に翻弄されない為には、より多くの経験を積む必要があるのだが、世の流れは逆だ。

検索すれば出て来る情報をワザワザ検証しようとはせず、より多くの情報だけを求めてしまう。

情報を確認する事無く情報の真偽の判断も出来ないのに情報を集めていれば、世界観が現実と乖離し始める。

それは、妄想を現実と思い込んでいるのと変わらない。

その代表的な物が、通販などの評価だ。

商品に付けられた評価は、他人の評価であって自分の評価ではない。

また、販促目的で出品者自ら高評価を与えていたりもする。

その評価を信じてしまえば、粗悪品を買う破目になったり、良品を敬遠する事になってしまう。

大切な事は、自分が使ってどう思うかであり、その積み重ねが経験の積み重ねとなり、良品と粗悪品を見分ける目が養われる。

情報収集だけで経験が伴わなければ、良し悪しを見分ける目が養われる事はないと言う事だ。

 

 

 

 

 

 

 

これが本当の工作だろう

相談掲示板で、創価学会に対するこんな書き込みがある。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13171915733

同様の書き込みが6日後に書かれている。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11172163801

 

この二つ、ストーリーが変えてあるが、内容は同じ。

更に再掲載までしている。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11172167221?__ysp=6ZuG5Zuj44K544OI44O844Kr44O8

また、別の掲示板にも投稿されている。

https://okwave.jp/qa/q9309388.html

別に創価学会を擁護する訳ではないが、これは創価学会の集団ストーカー説の根拠を捏造工作で、ネットに拡散させる目的で書かれた物と推測される。

 

これこそが工作だと私は思う。

 

 

 

 

 

淡路島5人殺害事件の初公判が始まった

淡路島5人殺害事件の初公判が始まった。

医師による鑑定では責任能力は認められると判断されている事からすると、やはり統合失調症ではなくパラノイアだったのだろう。

裁判でも「本当の被害者は私、断罪されるべきはサイコテロリストと工作員だ」

「本当の被害者は私、工作員がブレインジャックし、殺害意思を持つよう強制した」

「彼らの目的は人体実験をかねて実行している精神工学戦争を隠蔽し、大企業による複数の犯罪を隠蔽し、私の財産を奪うことにある。」

「しかも、警察までもがこれに加担している」

と相変わらずの発言している。

 

こうした妄想を治療で消すのは、まず不可能だろう。

弁護側は心神喪失か心神耗弱の状態と主張して罪を免れようとしているが、妄想が消えない被告を世に出す事は危険極まりない。

 

そこで、平野被告の妄想を消す方法を考えてみた。

 

まず、「私の財産を奪うことにある」と言う妄想を消す事が先決だろう。

ハッキリ行ってウルトラニートの平野被告には自分の財産など無い。

そこに「曖昧性」が生じている。

平野被告の財産とは親の財産であって、自分の財産ではない事を教える事だ。

その為には、親が息子に相続権を放棄させる事だと思う。

相続権を放棄した上で一切の援助はしない。

そうすれば、財産は自分の物でなく親の物であり、自分は何も持っていない事を身を持って知り、妄想の根底が崩れ始める。

妄想の根底に有る物を、一つ一つ現実の経験として学ばせなくては平野被告の妄想は消えないだろう。

妄想とは現実経験の無い所に生まれ、現実世界で経験で学んでいる所には生まれない。

故に、妄想を消すには言葉ではなく、現実世界で経験させながら現実を教えて行かなければ妄想は消えないのだ。

 

引きこもりニートを続けていると言う事は、現実経験が極端に無くなり、世界は自分の頭の中で描かれている世界だけになる。

その頭の中の世界を現実と思い込む所に、現実と妄想の曖昧性が生じる。

同時に、自分の頭の中で描いているだけの他人は自分で思い描いているだけの他人、それは現実の他人ではない。

それを本当の他人だと思う所にも、自他境界の曖昧性が生じている。

数十年間も引きこもりニートを続けていれば、その年数分だけの曖昧性が生じている訳だ。

それだけの曖昧性は生半可な事では是正されない。

 

 

 

 

ASKA転院の理由に共依存

昨日ラジオで知ったのだが、医療保護入院させられていたASKAが転院した理由に耳を疑った。

医療保護入院になれば、良くなるか家族の同意なくして出る事はできないはず。

それなのに東京の病院から九州の病院へ転院していたのが不思議だった。

しかしそのラジオの話を聞いて、再犯の理由から病院から出ているのに被害妄想を続ける理由も全て納得した。

報道によると、妻子は盗聴や盗撮を訴えるASKAを薬物による後遺症の疑いと見て医師に相談し医療保護入院させたのだが、保護入院させられたASKAが実家に監禁されていると助けを求め、父と妹が弁護士を通じて退院させたと言う事らしい。

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/12/01/kiji/K20161201013823690.html

なるほど、最悪のパターンがそこに有った訳だ。

妻子からすると、盗聴とか盗撮とかを口にし、言動がおかしくなれば薬物の後遺症を疑うのは当然の事だ。

そして治療と言う事になるのだが、問題は本人の同意を得ているかどうかだ。

本人の同意を得ずに医療保護入院させられれば、家族の裏切りとか監禁という思いがこみ上げてくる。

同意を得ていたとしても、本人に治そうとする意思が無ければ同じ思いが込み上げて来る。

医療保護入院を続けて良くなれば、そこで家族の思いが伝わるのだが、実家の家族が弁護士を通じて出してしまった。

良くもならずに妻子に不信感を抱いたまま出ている事になる。

これは最悪だ。

恐らくASKANお家族はASKAの為を思い、断腸の思いで医療保護入院させたのだと思うが、実家の家族がそれを台無しにしてしまった。

その実家にASKAが薬物に手を出してしまった原点があるのかもしれない。

その原点が共依存。

そして、仕方が無い様に思える医療保護入院させた妻子にも、コントロール型の共依存があったのかも知れない。

AR盗撮という言葉から見えるASKAの状態

AR盗撮という言葉からASKAの状態がある程度分かる。

ASKAはスマホにAR盗撮のアプリを入れられていたと言っていた。

つまり、スマホで監視されていると思っていた訳だ。

ASKA曰く、ズームで200倍まで・・・

この感覚は、「される側」の感覚ではなく「する側」の感覚だ。

どんな高度な技術を使おうとも、基本的な事は変わらない。

盗撮するにはカメラが必要であり、そのカメラは本人に向けられなければ写らない。

自分で持っているスマホのカメラでは200Mのズームなど必要ない。

しかも、歩きスマホしていなければ、スマホは鞄の中かポケットの中で何も写らない。

そうした事からASKAの今の感覚が見えて来る。

つまり、自分の持っているカメラで、自分をズームで写す感覚。

それは他人目線と自分目線の混同を意味している。

つまり、自他境界が曖昧になっている事を示している。

そもそもAR技術とは拡張現実であり、ポケモンGOにも搭載されており、カメラで写した現実の風景にバーチャルの映像を合成する技術だ。

それは、現実の中に妄想が見えている事も示している。

 

ASKA逮捕

ASKAが再び覚せい剤で逮捕された。

50歳以上の再犯率が83.1%と言われる覚せい剤なので予想はしていた。

以前、ASKAと思われるブログに盗聴やら集団ストーカーやら書かれていた事に付いて書いたが、アレは本人だった訳だ。

私としては、好きだったアーティストの一人だっただけに残念だ。

 

私の興味は別にある。

報道で聞く限りでは、家族が支えていたがその家族に騙されたと言っていると聞く。

家族に対して被害妄想を抱いていたと言う事だ。

 

これは推測なのだが、ASKAの家族は献身的に支えていたのだと思う。

だからこそ家族に対して被害夢想を持った様に思う。

但し、再び覚せい剤に手を出した理由がそこにあるかまでは分からない。

 

これは覚せい剤のみならず、精神疾患の患者を支える家族にも共通して言える事なのだが、献身的過ぎるサポートは被害妄想を生む。

その原因は自尊心だ。

家族の役に立たず迷惑を掛けていると思っている相手を励まし懸命に支えようとすると、自尊心が傷付いて行く。

被害妄想は自尊心を傷付けた相手に向けられ、自尊心を傷付ける相手に不信感を抱くようになる。

社会性は信じる事で成り立っているので、不信感の大きさに比例して社会性は失われる。

社会性を失った者が感じる世界が、監視されている感覚だ。

 

人間は集団で生きる動物であり、集団で生きるメリットは天敵から襲われた時の生存確率を上げる事だ。

そして集団に守られて安心感を得て、安心する事でストレスから開放される。

その為の絶対条件が、仲間を信じる事である。

もし、仲間が信じられなければ周りの仲間は敵と変わらず、集団を形成する意味が消失してしまう。

 

つまり、社会性を失うと言う事は、敵に囲まれているのと同じ心境になる為に、監視されている感覚に陥る。

そうなれば常に強いストレスに晒される事になる。

そのストレスに脳がダメージを受けると精神疾患となり、そのストレスから逃れる為に再び覚せい剤に手を出したとも考えられる。

サポートする家族が注意すべき点は、自尊心を傷付けない様に心がける事だ。

具体的には3つの事を心掛ける様にする。

1. 自分が必要とされていると感じさせる事。

2.自分が役に立っていると感じさせる事。

3.感謝する事。

 

その他の注意点は、言動を鵜呑みに信じない事だ。

ASKAは薬物検査の陽性に「事実に反します」と言っている。

多くの人は、これを嘘とか言い逃れと思っているかもしれないが、必ずしもそうとは限らない。

意外と本心で言っているのかも知れない。

とは言え、陽性反応が出たと言う事は、覚せい剤を使用していた事に間違いは無い。

しかし、継続したストレスは記憶障害を生む。

自分でした事を忘れたり、記憶が都合の良い様に書き変えられたりするので、あながち嘘とは言い切れない所もある。

それは言動の全てに信憑性が無いと言う事でもある。

 

豊洲報道に見る情報の非対称性に於ける心理

築地市場の豊洲移転問題が連日報道され、都民に不安が広がっている。

毎日のように新事実が見つかったと報道され、ついには白紙案まで浮上してきている。

この状況は集団ストーカー妄想に陥る原理と全く同じである。

なので、豊洲移転問題は集団ストーカー妄想に陥る様子を客観的に見る事が出来るので取り上げる事にした。

 

まず、豊洲移転問題に対する報道のあり方にそもそもの原因がある。

東京系の全ての放送が、同じ方向を向いてしまっているのだ。

コメンテーターとして登場する専門家の顔ぶれは、どのチャンネルも同じ、当然言っている事も同じ。

相反する意見が全く取り上げられていないのだ。

これが「情報の非対称性」と言う状況である。

情報の非対称下では「逆選択(逆選抜)」が起きる。

そして不安に火を付けられた人々は、冷静な判断力や思考力を失い感情に支配されてしまう。

そして疑心暗鬼に陥り、全てを疑いの目で見てしまう。

疑いの目を持って見れば全てが怪しく見えてしまう。

これが「信頼」を失った状態である。

信頼が失われれば、真実を話しても誰も信じようとはしなくなり、真実は疑惑の対象となってしまう。

そして、豊洲移転の問題の根底には無知と無理解があり、専門バカが拍車を掛けている。

 

それをこれから解説して行こう。

 

まず無知の問題だが、豊洲市場の地下に謎の空間があると報道された時、知っている人と知らない人では反応が異なる。

建築に造詣が有る人なら建物の下の空間と聞けば、直ぐに「地下ピット」を思い浮かべるだろう。

それは何所のマンションにも普通に存在している空間である。

なので不思議とは思わず「そんなの当たり前だろう」と思う。

しかし、地下ピットはマンションの住人と言えど立ち入る事は出来ない空間なので、その存在を知る者は少ない。

地下ピットの存在を知らなければ、建物の下に謎の空間がると聞けば、そこに疑念が生まれる。

その疑念は想像を掻き立て、隠蔽や陰謀の可能性を思い描く。

そこに地下ピットの写真が公開され、そこに水が溜まっているのを目にする。

建築中の地下ピットに入った事が有ればそれは普通の光景だが、地下ピットの存在すら知らない人からすると、水が溜まっている事が特別の事のように思えてしまい、そこに欠陥を疑い始める。

それらの疑惑が土壌汚染の問題とリンクして不安が掻き立てられる。

しかし、リンク先の画像でも分かるように、施工途中ではそれが普通なのである。

そして、現場で働く人は雨の日に水が地下ピットに流れ込む光景も目にしている。

 

問題は地下ピットに対する無知が、都民だけでなく歴代の知事や専門家会議も同じであった事だ。

建築に地下ピットがセットになっている事を知らないからこそ、地下を作るとか作らないとか言う話しが出て来る。

それは、建築物に必要不可欠な物を、そこだけ作るか作らないかの議論でしかない。

それは、スマートホンを販売するのに、液晶はガラスだから危ないので液晶を付けるか付けないかの議論をするのと同じだ。

既にそこからボタンの掛け違いが発生しているのだ。

専門家会議は土壌汚染の専門家の会議であって建築の専門家の会議ではない。

もしそこに、設計担当者が入ってるか専門家会議のメンバーに地下ピットの存在を知る者がいれば盛り土案は変わっていただろう。

設計不在の会議だからこそ、地下ピットが考慮されていない盛り土案が提案される事になる。

 

地下ピットを考慮されていない盛り土案が決まってしまうと、設計や施工は頭を抱える事になる。

少し頭を働かせて考えてみよう。

水を然程使わない施設なら配管もシンプルなので建物の中に数本通せば良いが、水を多く使う施設では多くの配管が必要になる。

もし、配管を埋設してしまえば、地震などで破損すれば復旧は困難になる。

予め空間を作りそこに配管を通せば素早く復旧できる。

地下ピットは本来そうした目的で作られる設備だ。

また。建物には必ず基礎が必要である。

その基礎は地中に作ら無ければならないので、盛り土をしても結局掘り返す事になる。

盛り土を掘らずに基礎を作ろうとすれば、当然高床式にせざるを得ない。

高床式にすると、耐震強度が低くなる。

例えば、マッチ箱を土の上に置けば風が吹いただけで倒れてしまうが、マッチ箱を少し土に埋めるだけで倒れ難くなる。

耐震はそれと基本的に同じで、地中に埋没させた方が強度は増す。

しかも盛り土は重量物が乗るのには適さない。

何故なら、土が締まっていないので重量物が乗ると沈下を起こす。

建物自体は杭で支えられているので沈下はしないが、周りの土は次第に沈下して行く。

例えば、穴を掘ってそこに砂を埋める。

その砂に水を掛けると直ぐに沈下を起こす。

これは水締めと言って、埋めた時に出来た空間に水で砂が運ばれて、砂が締まった状態になるのでこれを「水締め」と言うのだが、盛り土にもそれと同じ事が起きる。

但し、砂の様に直ぐに起きるのではなく、時間を掛けてゆっくりと進行して行く。

するとどうなるかと言えば、建物の周りの土が沈下して建物が浮いた状態になり、建物の床下と地面との間にも自然に空間が出来てしまう。

勝手に出来てしまう空間は、予測も制御も出来ない。

つまり盛り土にしても、知らない間に空間が出現し、もし地中にベンゼンが残っていたら、ベンゼンは揮発性なのでその空間に溜まる事になる。

揮発性のベンゼンは濃度が濃ければ引火もする。

土壌汚染しか知らなければ、別の危険性に気付かない。

これが専門バカによるボタンの掛け違いである。

 

一旦議会で決まった事は、現場で覆す事は出来ない。

すると、限られた状況の中で最善の方法を模索する事になる。

自然に空間が出来てしまって予測も制御も出来ないなら、予め空間を作り制御した方が合理的だ。

本来有るべき地下ピットを作れば問題は無くなる。

土壌汚染には土壌汚染対策法と言う物があり、汚染土壌との接触を遮断するため、厚さ10cm以上のコンクリート舗装または厚さ3cm以上のアスファルト舗装などを施すとなっている。

地下ピットを作ればその規定はクリアー出来る。

そして建物以外の場所は、盛り土がそのまま生かされる。

地中に染み込んだ揮発性物質のコントロールは三つだ。

大気中に自然拡散させるか、コンクリートで押さえ込むか、揮発し易い状態にしてのフィルター換気するかだ。

限られた条件下で、最善を求めればあの形式に辿り着く。

なので、建築に造詣がある人からするとあの形状はとても合理的なのだが、それを知らない人からすると「違うじゃないか」と言う事になる。

 

地下水の問題は、共産党の議員団が視察して写真を公開した事に端を発する。

ここにも無知が発生している。

建築に携わった事が無い人は、工程と言う物を理解していない。

地下ピットに雨水が溜まるのは現場では常識である。

地下ピットに溜まった水を吸い出しても直ぐに溜まってしまう。

なので、地下ピットで作業する時だけ水中ポンプを入れ、水をくみ出してから作業する。

地下ピットは主に配管を設置するスペースである。

その配管工事が終わらない限り、ポンプも排気も動かす事が出来ない。

また、配管だけでなく配線も繋がなくては動かない。

当たり前のように水が入っていれば、配線する事も出来ない。

なので、地下ピットの作業は水の流入が少なくなってから行なわれる。

また、建築中に稼動させれば電気代などの費用が発生する。

その為、地下ピットの水抜きや清掃は最終工程になる。

そうした工程も知らない議員団が疑いの目を持って、排水設備が稼動する前の地下ピットに入れば、「何だこの水は!」と言う事になる。

作業員でさえ送風機で空気を送り込みながら作業する所に、入れろと言われれば当然拒否される。

拒否されれば「何かあるに違いない」と疑いを深めてしまい「酸欠の危険がある」と言う説明も、誤魔化しにしか聞こえなくなってしまう。

そして、建築に造詣がある人が酸欠の危険があるから当然だと言えば、それを知らない人には「擁護」に聞こえてしまう。

さらに、その水のphを計って強アルカリ性を示すと、自慢げに発表する。

しかし、工事現場に溜まった水の全てが強アルカリ性なのだが、議員団はその事を知らないから騒ぎ立てる。

その姿はまるで電磁波があるべき所で、電波探知機が反応したと騒ぎ立てている集スト投稿動画と同じだ。

マスコミが地下ピットへ入り、その水に手を入れて、底に溜まった白い泥のような物をすくい上げて、何でしょう?とリポートする。

それこそが工事現場の水を一瞬で強アルカリにする原因物質なのだが、誰一人として気付かずただの泥だと思って見過ごしてしまう。

その白い泥はコンクリートの粉塵が堆積した物で、乾いていれば粉塵だが水と混じれば泥になる。

粉塵の上に水が落ちれば、その時点で水と混ざり強アルカリになる。

現場の水が強アルカリである事を知らない人達は、更に疑念を深めてその水を調べ出す。

すると、アンモニアや亜硝酸やヒ素が出て来たと大騒ぎになる。

強アルカリの水にアンモニアや亜硝酸があるのは別に不思議な事ではない。

そこにもう一つ有るべき物質が検出されていない所に、アンモニアや亜硝酸の原因がある。

その物質とは硝酸である。

植物や動物が死ぬとアンモニアが発生する。

そのアンモニアを亜硝酸菌が分解して亜硝酸塩が出来る。

その亜硝酸塩を硝酸菌が硝酸塩に分解する。

亜硝酸菌はアルカリに強く硝酸菌はアルカリに弱いので、アルカリ下ではアンモニアの分解は亜硝酸までしか進まない。

もし地下水が上がってきた水で、その水に含まれていた成分だとしたら、硝酸塩まで分解されているので、硝酸塩が検出されなければおかしい。

これはアクアリウムの常識だ。

 

水の中に何かあるかもしれないと疑い、ある物だけを調べようとすれば、無ければおかしい物に気付けない。

このアンモニア分解の原理を知っていれば、アンモニアと亜硝酸しか検出されない事が、地下ピットに溜まった水が雨水の可能性の高さを示している事に気付けるのだが、知らなければそこに疑念が生じてしまう。

 

そもそもの話だが、ベンゼンと言う物質は無極性の為に水に溶けず、比重は水よりも軽いので水に浮く。

例えば同じ水より軽いアルコールは水に溶けて混ざり合う。

その理由はアルコールが極性を持っているから水と電気的結合を起こして水に溶ける。

しかし、無極性のベンゼンは水と電気的結合を起こさないから水に溶けない。

水に溶けず、水より比重の軽いベンゼンで地下水は汚染されない。

理由は簡単だ。

ベンゼンは水より比重が軽いので地下水面より下へは行けず、水と分離する物質だからだ。

その地下水面より上の土を除去していると言う事は、理論上そこより下にベンゼンは無いと言う事である。

ベンゼンの性質を知れば、4万倍のベンゼンの意味も分かってくる。

水位より下に行けないからそこに溜まるしかない。

人はその数値の大きさだけに目が行き、ベンゼンと言う物質の性質を知ろうとはしない。

だからこそ、人の心の中でベンゼンはモンスターと化し、過剰な恐れを抱く事になる。

しかし、ベンゼンが溜まっていた土はすでに除去され、もうそこにベンゼンは居ないのだ。

残っているのはベンゼンの破片と、人の心に作られたモンスターだけだ。

集団ストーカー妄想の犯人はそのモンスターと同じなのだ。

 

こうなってしまっては、怪しい物探しが止まらなくなってしまう。

何が何でも探し出そうとする。

すると基準値以下の、地中や海水に普通に存在するレベルでのヒ素でさえ、ヒ素があると言うだけで問題になる。

検出されたヒ素の0.003mg/Lと言う数字が一人歩きしてしまう。

例えば、主食の米に含まれるヒ素は0.14mg/L、ミネラルウォーターには0.05mg/Lも入っている。

それは福島原発の事故後に、自然放射能を測定して危険だと騒いでいた集ストさんと変わらない。

専門家は雨水に含まれるヒ素ではこの数値は有り得ず、海水と同じレベルなので地下水の可能性を疑う。

更に臭素が見つかったと言い、臭素は雨水に含まれず、海水に含まれるから地下水説を有力視する。

しかし、その比較に大きな間違いがある。

雨水と言っても、雨水をそのまま容器で受けた水ではない。

地表を流れて来た水である事を忘れている。

そこは湾岸エリアで隣は海だ。

地表には海水の細かな水滴が降り注ぎ、それは壁にも付着している。

そこを流れて色々な物質を取り込んで来た水である。

それを雨水と同じと考える所がそもそも間違っている。

 

こうなってしまっては、東京都民を納得させるのは、集ストさんを説得するより難しい。

一旦植え付けられた不安は簡単には消えない。

どれほど検査数値が安全性を示していても、データ偽装を疑われ信用されない。

ここまで風評被害が大きくなっては、豊洲のイメージは地に落ちている。

これが、偏った情報で生じる「情報の非対称性」による「逆選択」の状態である。

 

もし、東京でもこの様な放送がなされていたら、結果は違う物になっていただろう。

それは集団ストーカー妄想を持つ者達も同じだ。

自分の求める情報だけを探し続ける為に、自ら情報の非対称かを招く結果を生み、逆選択を引き起こす。